あの時電車を降りた僕と、後退する前線の話 ー エヴァネタバレ感想

※以下『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』ネタバレ有り感想です、未見の人はご注意ください。エヴァ既にみた人は少し↓にスクロールしていただいてからご笑覧いただければ。冒頭のシンジ君は前振りなので気にしないでください。

 

 

 

 

 

あの時電車を降りた僕と、後退する前線の話

キレキレのシンジ君:「なんなんですか父さん、あの顔面空洞は『僕は人間やめましたぞ』って感じ出したかったんですか、そういうのがカッコイイのは10代までなんですよわかってます? 僕の同級生なんかいつのまにか幼なじみと結婚して、子供までできて、そういう世代の親なんですよアナタは、それが今や部下にも見限られて、還暦越えたオッサンと二人で悪巧みとか、息子として恥ずかしいですよ。

だいたいあのバイザーはなんですか、30過ぎてあのバイザーは大人げないというよりもうほんと「イタい」んですよ(ここでそっとミサトがバイザーを外す)。
息子相手に自分語りとか、まあ僕ももう大人なんで今回だけは付き合いますけど、これ一杯飲んだらさっさと電車降りて家帰ってくださいよ。僕もこの後あちこち挨拶いかなきゃいけないんで。

ってオマエさっき電車降りただろうが、今、母さんとの最高にイイシーンなのに『父は、母はアナタを愛していましたよ』みたいな顔で出てきてんだよ、台無しだよ!!!」

っていう幻覚を見たんです、ええ。

ということで、なんとか初週滑り込みでシン・エヴァ見に行けました、3時間越えでも膀胱は無事でした。ネットの知識と安倍川餅ありがとう(餅は水分を吸収するので良いらしい)。ミサトさんの話がしたかったのでちょっと書き始めたら結構な量になってしまいました。

前半は話の展開そのものよりも声の芝居の良さに持ってかれてた感があって、さすが25年の重みというか、芝居が半端なく良かったです。まあダッシュ村必要だった? という気持ちもなきにしもあらずだけど、後半のありがとうとか行ってきますとかの重みを担保する意味で、ああやって時間(尺)を思い贅沢に使うのは思い切った手法だよなぁ、とは思いました。

それにしてもミサトさん「シンジ君の行動の責任は全て私が取ります」って啖呵切っておきながら、シンジ君の最後を見届けずに自爆突貫するあたり責任ってモノを根本から理解してない感じで「ミサトさん最高だな」って思いました。
ヴンダーにスイカの種を格納するシーン、加持さんが好きだったスイカだったんだから、最初に格納しておけよ、って最初思ってたんですけど「定期的にあそこでスイカの種引っ張り出して未練がましく見つめてはしまって、また出してを繰り返してる」って考えたらすごいしっくりきた。そりゃリッちゃんに「オマエこりないな」って言われますよ。
ミサトさんって「情に流され、情で身を滅ぼす」ってのが最後までブレてないんですよ、そんなミサトさんが本当に最高でした、ありがとうございました。

デカ綾波に突貫かけるシーン、かっこいいミサトさんのバックでリッちゃんが盛大に大太鼓叩いてましたからね、僕には確かに聞こえたんです、本当です。

いやそれにしてもゲンドウ君の独白は見たくなかったなぁ、と思いながらもなんかゲンドウ君そのままスッキリして電車降ろされたのは爆笑ポイントだった。
でもなんかあの降車シーン、個人的には凄いカルタシスあって「ああ電車を降りたのは自分もだったんだ」って思って、面倒くさいオタクだった自分というか、ただ人に愛されたかっただけの「エヴァを見ていたあの頃の自分」もあのときあそこで一緒に電車を降りたんですよ。
だからそこでスッキリしてしまって、だからその後の展開は可能性というか、余生というか、まあ余録のようなもので、そのまま受け入れられた気がします。
でもユイのシーンにしれっと出てきたゲンドウ君なんなの君、ってそこだけは小一時間問い詰めたい(ここで冒頭の問い詰めシンジがはいります)。

ラストにゲンドウにテーマ絞ってんのに、それを早々に切り上げてしまって「じゃあ次あいつのターン」みたいに一人ひとり拾っていくのは、正直物語の展開としてはどうかと思うんですけど、25年分の落とし前としては精一杯の落とし所なんじゃないでしょうかね。
「途中から卒業式だと思って見てた」とは一緒に見てた家の人の談です。

エヴァ納得いかない勢とか、キレてる人は「電車降りたくなかったのかな」と思ってしまったりとか。
まあ物語はループしていたことが明示されていたし、最強ルートを考えるのも良いかもしれないし、あるいは鈴原サクラの幻影を追うのもよいし、とっとと新しい電車に乗るが良いのではないでしょうか。大丈夫、円環だよ。

マリが最後に迎えに来るのは、物語としては綾波でもアスカでも話作れるんだろうけど、どちらであってもどちらかが「選ばれる/選ばれない」という構図が出来ちゃうわけで、そう考えるとマリが迎えに来る「第三の選択肢」は納得ではあるんですよ。
マリ本人の問題(呪い)は解決してないじゃん、って気もするけど最初から望んで舞台に上がってるから良いんだろうか。でもまあシンジ君も劇中で望んで踏み込んだわけで、だから二人は家に帰らない/帰れないので、レールから外れて「新しく旅立っていく」んでしょうか。
誰かを選ばなかった少年の物語の結末が「一人での旅立ち」ではなく新しい女連れてかよ、ってツッコミはあってしかるべきだけど、そこはほらごまかされてあげようよ、って思いました。走り出してフレームアウトしていく綺麗な絵と、宇多田ヒカルのED曲もあるしさ。

それにしても、振り返って考えてみても冬月先生、ゲンドウが目的を達成するために10号機シリーズ(マリに喰われてた×顔のeva)用意しておいて足止めや必要な時間調整を成功させつつ、返す手一手でそれをシンジ君救出のリソースとしてマリに回すあたり差し手として優秀すぎる。
ゲンドウとは共犯者でありつつ、ゲンドウが目的を達成したならそれはそれで良し、ユイ君の残り形見のシンジ君の目的が達成されるならそれはそれでよし、というユイ推しの一念を貫き通す姿勢には頭がさがります。
供にユイ推し勢として最後にマリと絡むシーン、まったくその話をしないのにその辺が感じられるのも良かったですよね。

年齢考えると最後まで付き合うためにゲンドウ君と一緒に既に人間やめてた可能性はありますよね……そこでふと思ったんですがアスカはチルドレンは年齢固定されても髪が伸びる、って言ってましたよね、冬月先生、人間やめても頭皮は後退するんだろうか、永遠にも代償はあるんでしょうか、そうだったらなんか、世知辛いなぁ……。